スキー実習
スキー実習に行ってきました。四泊五日の長丁場でしたが天候にも恵まれ、基本的には充実した実習だったと思います。一人膝を捻挫してしまったことが残念でしたが。
この長丁場、色々なことがあらましたが、考えさせられたのは、「運動だけじゃないんだぜ」、という言葉についての議論です。この言葉は二年生のトレーナーに書いてあった言葉です。この言葉に経営学がご専門のスキー担当の教授が噛み付きました。「おい、どういう意味だ?」と。すると学生さんは、「「運動だけじゃなく勉強もしっかりしてるよ」、という意味です。」。「それじゃあ、運動と勉強は対立概念なのか?」。
これに関しては、はっきり言って明確な返答は持ち合わせていませんでした。
しかし、世の中には、「運動が出来ること=勉強ができない」という認識があることを否定することはできないと思います。脳みそまで筋肉と言われることすらあります。このことから、彼らは「運動だけじゃないんだぜ」となったのでしょう。これは、理解できます。
この先生曰く、体育の分野においてパフォーマンスが高いことは能力であり、体育の分野における評価としてパフォーマンスが高いこと以外に必要なことなどない、と。また、体育課の学生にとって運動以外の勉強って何?という疑問もあるようです。さらに、あるバレーボールの先生からは「運動はできると胸を張って言えるのか?」との声も。。。
みなさん。どう感じますか?
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136933/40249737
この記事へのトラックバック一覧です: スキー実習:

コメント
四半世紀ほど前に、何だってこう学校現場で保健体育科教員の「役割」は限定されているのだろう、周囲(管理職を含めて)の「見る目」に強固な先入観があるのだろう、とつくづく嫌になり、調べたり考えたりしました。
結論から。体育科教員=インテリの対称。
以下、粗雑な話を。
明治以降、富国強兵の一環としての体操(体育)の位置づけがあり、軍事教練と関連づけられて一般的に捉えられていた。そして、徴兵制だったため、兵隊の訓練を受けた多くの人間が、軍事と体操(体育)が近いものと認識した。
第二次大戦後、「民主主義教育」により軍事は徹底的にマイナスのイメージを帯びた。
軍隊で体罰を含めひどい目に遭って生き延びた人達は、より軍事には批判的となった。
戦前は国威発揚にオリンピック等が利用されてもいた。
投稿 二日酔い主義者① | 2008年2月25日 (月) 23時39分
戦後の運動部(クラブ)活動には、軍隊の体罰やいじめまがいの「指導」が温存された。上級生から下級生へ、または顧問から部員へ。圧倒的多数の部員は、理不尽な思いと不満、反発を抱えて部活動を続けた。そして多くは上級生(顧問)にされたことを下級生に課すことでいささかの溜飲を下げた。
ここで運動部の活動に対するある種の偏見が新たに定着することになる。「怖い」存在としての運動部上級生と保健体育科教員(顧問)が軍隊の上官にとって変わったのである。
学生運動が勃発し、広がり、先鋭化する過程で、大学側が運動部員を利用し、運動を抑えようとする例もあった。これは、団塊の世代のインテリを自認する諸氏にとっては決定的な偏見を植え付けた。遂にスポーツ選手は軍人に加えてインテリ(?)の敵となった。
以後、「優しさ」の時代に突入し、野性味であるとか、鍛えられた身体から来る威圧感が嫌われるようになり、ますます運動部員や(一部のヒーローは別)そのなれの果てである保健体育科教員などは、疎まれるか、逆に校内の「警察官」扱いされるようになり果てた・・。
四半世紀前は、ここまでの認識でした。
まずいことに、いわゆる運動部的体質が、こんなにも理不尽だ、メチャクチャだ、という認識の、運動部出身のタレント等がメディア(TV中心)でおもしろおかしく発言し、それが一般に定着してしまった、という不幸が重なっている現況なのだと思います。体育会系という言葉はこのタレント達が出て来てからのものです。歴史のほとんど無い言葉なのです。
と、いうことで何年経っても学校の現場は変わりません。現在は進学指導の邪魔をする、ということで保体科教員はますます邪魔にされています。
長くなりまして。結局、最後は先生の問題意識とは遠く離れた愚痴になりました事をお詫びします。
投稿 二日酔い主義者② | 2008年2月26日 (火) 01時22分